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子宮頸がん 治療体験談

「69歳にして、よくばんばりましたね」と主治医に褒められてnewマークオレンジ色点灯
  • 坂本順子(さかもとよりこ 福岡市)/2018.9.20
発症から確定診断まで2週間。治療開始まで1か月余り
それは、突然のできごとでした。
2017年2月18日、朝、トイレで出血。慌てて近所の産婦人科を受診しました。閉経して20年、不正出血など初めてのことです。産婦人科の先生は、内診などされ「細胞診の結果は1週間後くらいになります」と言われました。なんとなく、その時の先生の表情を見て、あまり良くないのかな~と思いました。
2月24日に産婦人科から電話があり「結果が出たので、今日、病院に来られますか?」とのことでした。すぐに、あ、これは良くないな・・と思いました。案の定、がんであることを告げられ、九州がんセンターに紹介状を書いてくださいました。帰り道、やっぱりがんだったか・・どうしよう・・どうしよう・・の思いでいっぱいでした。
家に着いたら、「そうだ、波多江さんに相談しよう」という気持ちになり、電話をしました。がん・バッテン・元気隊代表の波多江伸子さんとは家が近く、年齢も一緒で、ご両親存命の頃からの、長い家族ぐるみのお付き合いです。初診の日を告げたら、いつも忙しく走り回っている波多江さんが「よかった、その日は空いている。一緒に行きますよ」ということで、百人力を得た気持ちになりました。

診断結果は「子宮頸がん(扁平上皮がん)Ⅲb期」
2月27日、初めて九州がんセンターを受診することになりました。初診は血液と細胞採取、胸部X線検査を受けて、3月2日に結果を聞きに行くことになりました。
診断結果は「子宮頸がん(扁平上皮がん)Ⅲb期」。手術は適応ではないとのことでした。
不正出血を認めてから確定診断まで、2週間足らず。治療開始までひと月あまり。あれよあれよ、という間に話が進んでいきました。

初診と結果を聞くとき、2回とも、波多江伸子さんが同行してくださったので、心強かったです。診察室で横についていてもらうと、初対面の先生にも質問する勇気が出ますし、後で、一緒に医師の説明内容を確認しあうことができます。がんセンターを紹介してくださった産婦人科でも「ひとりではなくご家族かどなたか信頼される方と一緒に行かれた方がいいですよ」と助言されました。

▲九州がんセンター、婦人科待合室のスヌーピー

治療のこと~抗がん剤と2種類の放射線治療
私の場合の標準治療は、抗がん剤(シスプラチン)と放射線療法(外部照射・膣内照射)を併用して行うとのことでした。治療そのものよりも1か月半~2か月位の入院と言われたことの方がショックでした。家には、甘えん坊の高齢犬がいます。犬を息子の家に預けることができ、知人の運転する車で、3月16日、入院。闘病を支えてくれる友人知人がいて本当に幸せでした。 午後の病棟主治医の説明にも、波多江さんが同席してくれました。飄々とした和み系の先生です。担当看護師さんもとても親身で、横について、励ましてくれました。後日、娘が大分から来たときに、主治医から再度の説明を受けました。

3月22日、いよいよ抗がん剤の点滴開始。週1回で6回の予定です。
シスプラチンという抗がん剤は結構強い薬らしく、副作用が心配です。でも脱毛はあまりないとのこと。治療が始まる頃、抗がん剤の副作用はどんなんだろう、治療費のこと、留守宅のことなど不安が頭をもたげ、臨床心理士の方に話を聴いていただいたこともありました。

3月23日 抗がん剤と並行して、放射線外部照射を開始。子宮頸部を中心に骨盤内にかなり広範囲に照射して、腫瘍やリンパ節を叩きます。外部照射にかかる時間は実質1~2分。準備を入れても、治療室に入って出るまでは5分くらいでしょうか。放射線は、その時は痛くもかゆくもない治療ですが、後から、いろいろ副作用や障害が出ることもあるとのこと。でも、その時は、治療最優先の気持ですから、半年や1年後の副作用や後遺症まで頭は回りませんでした。

内照射「ラルス」を開始
外部照射28回(6週間)が20回目になる頃、膣内照射療法(RALS・ラルス)が始まりました。膣内に放射腺を密封した金属容器(小線源)を挿入し、内側から患部に放射線を当てる治療です。こちらは4回の予定とのことでした。「ラルス治療は痛い」と聞いていたので不安でした。同じ病気の患者さんで、治療室に行ったものの、苦しくて治療ができず、すぐに病棟に戻った方もいましたから。
でも、私の場合は幸い、そんなに強い痛みはなく、無事に4回の治療を終了。初回ラルスは位置決めのため2時間半ほどかかり、台の上で動かないでジッとしているのが一番きつかった感じがします。治療時の痛みは全くありませんでした。今時の麻酔はスゴイ!

食事のこと
治療が進むと、徐々に吐き気や疲労感が出てきました。でも、薬でうまく抑えることができました。食事も、最初こそ、作らないで食べられるなんてラッキー!と思っていましたが、だんだん食欲が無くなってきました。そこで、量が少なめの「あすなろ食」に変えてもらいました。<食事は薬>と思い、おかずは努めて全部食べるようにしていました。
ご飯は、院内のコンビニで赤飯とかお寿司を買ったりもしました。白いご飯よりも味の付いたご飯の方が食べやすいのです。週に一度、タクシーで自宅に帰って、溜まった用事を済ませて病院に戻るという入院生活でした。のど越しの良いめん類がおいしく感じられ、帰宅した時は、必ずといっていいくらい、あっさりしたおうどんを食べていました。普段は好きな和菓子や果物などの甘いものはダメで、おかきなどのしょっぱいものやコンビニのスイートポテトなら食べられるというように、嗜好がすっかり変わってしまいました。


▲病院の昼食。つゆが別添えのきつねうどん

治療効果が出た。嬉しいっ!
治療の効果があって、途中の検査でがんが小さくなっているとのことでした。
嬉しい!耐えてきた甲斐があった!また、ガンバレル!・・の気持ちでラルス治療を受けました。抗がん剤 6回・放射線外部照射28回・ラルス治療4回。
すべてクリアし、主治医から「69歳にして、よく頑張りましたね」と、おほめの言葉をいただきました(*^^)v そして、5月25日 ついに退院の日を迎えました。ヤッター!帰りも友人が自宅まで車で送ってくれました。退院後の受診は、2か月毎、3か月毎と間隔も徐々に開き、1年間何もなかったので、次は6か月後となりました。

私のモットーは「主治医や看護師さんの言うことは素直に聞く」「病気のことは自分であまり調べない」こと
私が頑張れたのも、最初に波多江さんから「治療は少しきついかもしれないけれど、最初に叩いておくのが大事よ。今が頑張り時」と助言してもらったのが大きな力になったと思います。それと、根拠があるわけではないのですが、良くなるとしか思えなかったことや、病棟の主治医や看護師さんたちの心のこもったサポートで、安心して治療が受けられたからだと思います。
「主治医や看護師さんの言われることは素直に聞く」をモットーにしていました。アナログ人間なのでネット検索もしませんし、あまり病気の本を調べるタイプでもありません。


▲病棟主治医と担当看護師さん。説明を受ける筆者(撮影・波多江)

その後の経過・治療の後遺症
がんそのものの経過は順調ですが、後から出てきた治療の副作用に悩まされています。退院後に足先にしびれが出ました。抗がん剤の後遺症なのでしょうか?そして、治療終了半年後の2018年お正月には、立つのがやっとというくらいに、ふくらはぎ、太ももの後ろ、脚の付け根に激痛が走りました。すぐにかかりつけの脳神経外科の先生を受診し、痛み止めを処方してもらいました。がんセンターの主治医に電話で現状を報告したら、整形外科も受診してくださいとのことでしたので、近所の整形外科でレントゲン検査を受けました。異常なしとのことで、薬や理学療法で痛みは軽減しましたが、まだ歩くのがゆっくりで、長時間の立ち仕事などはきついです。痛み止めは今も飲み続けています。
でも、これもきっと良くなると信じて、現状を受け容れて乗り越えていきたいと思っています。子供たちは遠く離れているので、今も、友人たちに支えられて「今日もがんばる!」という気持ちになれます。(完)
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